虹を蹴る 虹を蹴る

第一回 最悪な出会い

2019.08.08 Thu

青空のかなたへ向けて、楕円形のラグビーボールが大きな弧を描いていく。大地の縛りを振り払うその美しく力強い軌跡が、まるで虹のように見えた。あの虹の向こうには、いったいなにがあるのだろう。

グラウンドに立つ両チームの十五人とともに瑞希(みずき)は息を呑んでボールの軌道を見つめた。白虹寮(しろにじりょう)の寮母になった半年前までは、ラグビーを観たことすらなかった。それなのに今は、ボールから目を離すことができない。あのボールには、――央学(おうがく)ラグビー部のすべてが詰まっているのだ。

その報せを山田瑞希(やまだみずき)が受けたのは、数時間後のことだった。

「……あっ、あの、山田瑞希さんのお電話でよろしかったでしょうか?」それは、こんな電話から始まった。久しぶりに電源を入れた携帯に入った着信だった。「自分、鮎沢康(あゆさわやすし)という者なんですが。カントクとミヨコサンには、いつもお世話になっておりまして」
「はぁ……」
その時、瑞希の頭はまだ、夢と現実を行ったり来たりしていた。
そもそも、電話に出ること自体が久しぶりだった。同棲までしていた恋人に捨てられ、さらには派遣切りにまであって無職となったのは、一か月ほど前のことだ。元恋人の部屋に厄介になったまま、瑞希はずっと引きこもり生活を続けている。逃避から現実へと帰ってきたばかりの頭が、男の声にこんがらがった。アユサワなんていう名前は、記憶にない。でも、この男が言う『カントク』と『ミヨコサン』には心当たりがある。瑞希の両親だ。
「緊急なんです。実は、今朝ミヨコサンが倒れて、病院に入院することになりまして」
「えっ」
「病院は、市立……」
「あっ、ちょっと待ってください」やっと、これはなにかまずいことが起きたと気がつく。瑞希は急いで筆記用具を探し出し、男が告げる病院の名前をメモに取った。「わかりました。すぐ行きます。あの、母は大丈夫なんでしょうか」
「意識はハッキリしてますし、たぶん。でも、できれば急いでください。ミヨコサン、心細いみたいだから」
「わかりました」
すぐに電話を切り上げて、瑞希は急いで身支度をするために鏡と化粧ポーチを探した。ふと目を落とすと、ジェルネイルの下の地爪が伸び切って、酷く無残だった。

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INFORMATION:

こちらの小説『虹を蹴る』全編は、9/20に集英社オレンジ文庫として刊行されます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画