虹を蹴る 虹を蹴る

第二回「生意気すぎる、高校生」

2019.08.16 Fri

「やっぱり遠いなあ……」
 電車を無数に乗り継いで、瑞希は久々に都心に舞い戻っていた。雑踏の匂いが、なんだか無性に懐かしい。
 成り行きとはいえ、久々――七年振りに繰り出す出会いの場だ。今日の瑞希は何年か越しにガッチリ化粧をし、その上服装はアンサンブルニットに膝丈スカートというコテコテの安牌装備で固めていた。しかし、肝心の婚活には、なんだかあんまり気乗りがしない。
 そう思ってため息をついていると、瑞希はふと目を止めた。
「……あれ?」
 通りすがりに、でかでかとしたラグビーのポスターがずらりと並んでいるのを見かけたのだ。
「ああ……、やっぱりラグビーか」
 あんなポスターが街中に貼ってあるなんて、今まで意識したことはなかった。ふと見れば、誰かがポスターの前で嬉しそうに写真を撮っている。
「……」
 瑞希はしばし、首を傾げた。
 ラグビーって、そんなに魅力的なスポーツなんだろうか?

 ようやく日比谷シャンテのほど近くにある目的地まで辿り着くと、瑞希はビルのフロアをまるまる使ったパーティー会場へと案内された。テーブルに着くと、向かいには同じく結婚適齢期の男性が早々に腰かけてきて、パーティーが始まった。
「……それじゃ、瑞希さんは今、高校で寮母さんをなさってるんですね。大変じゃないですか?」
 和やかにそう訊かれて、瑞希はウェルカムワインを口に含んだ。そして、とりあえず笑顔を浮かべてみる。
「ええ……。まあ、そうですね」
「でも、毎日十人以上の高校生の食事を作っていたら、料理が上手くなっちゃいそうですね」
「十三人です、十三人」
「あっ、すいません」
 まずい。つい訂正してみたら、謝らせてしまった。だって、十人と十三人じゃ全然違う……いやいや、そんなことはどうでもいいんだ。今は、婚活婚活。親友の心配は若干面倒だが、確かに結婚に逃げられればそれに越したことはない。でも、結婚か……。
 なんだか上手く調子が出なくて、また瑞希はワインを飲んだ。気を取り直して彼のネームプレートを見ると、なかなかの好条件の持ち主だった。だから、ちゃんと話を聞いてもいいのだろうと思うのだが……。
「最近は、どんなことをしてすごしていらっしゃるんですか?」
「えっと……。寮での料理の他はゴミ処理をしたりとか、あとは共有部分を散らかしてないか見まわったりもしてますね、一応」
「大変ですね。でも、こんなに素敵な寮母さんが来てくれて、生徒さんたちも感謝してるでしょう」
「いや、まったくもってそんなことはありませんよ。うちの寮に、感謝なんか感じる子はいないんじゃないかな。毎朝、寝坊とか遅刻とかばっかりで」
 白虹寮にも、一応門限がある。だが、抜け出している者もいるらしく、夜間に靴の数が合わないことも多々あった。だから寝坊なんかするのだ。
「まあ……。寝る子は育つからなのか、体格だけは立派ですけど」
 そう言ってから、瑞希はふと首を傾げた。確かに央学ラグビー部には、かなり体格のいい少年が揃っている。持って生まれたものかと思ったが、本当に生まれつきだけであんなに首や肩が大きくなるものだろうか。それとも、ラグビーをやってたら、自然とああいう体になるとか? ラグビーって、いったいどんなスポーツなんだろう……。
 すると、目の前の男が怪訝そうな顔をしているのに気づき、慌てて瑞希はこう続けた。
「ホント、参っちゃいますよね。そういうのが今時なのかもしれないけど」
「はあ……」
 困ったように、向かいの男が愛想笑いを浮かべている。
 なんでだろう。口を衝いて出るのは、央学ラグビー部の愚痴ばかりであった。考えたくもないと思っていたはずの央学ラグビー部のことが、頭から離れないのだ。
 もしかすると、昼に見たグラウンドのネットを越えるほどに高く舞い上がったラグビーボールのせいかもしれない。あの軌道を、もっとちゃんと見てみたかった。でも、なんで? あんなキックが本当に可能だとは思えないからだろうか。
 物事は上手くいかないものである。今日の瑞希の顔面詐欺化粧はまあまあ上手くいったようで、それなりの需要があった。どうしてこう、出会いを求めていない時に限って、縁というものは降って湧いてくるのだろう。婚活の神からの最終警告ではなかろうかと思うほどのご縁をかわして、結局瑞希はなんの収穫もなく会場を後にした。

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/