虹を蹴る 虹を蹴る

第三回「初めての試合観戦」

2019.08.23 Fri

 やがて、グラウンドで誰よりも目立つ色のジャージを着た審判が笛を吹き、清大付属Cチームとの練習試合が始まった。清大付属が楕円形のボールを蹴り上げ、それを央学側が胸で受け取る。それをパスでまわして、また蹴り返す。グラウンドを大きく飛び交うボールを眺めて、ヤスシがこう言った。
「知ってますか? ラグビーって、前にボールをパスしちゃいけないんですよ」
「へえ、前に……。……は? じゃあどこにパスを出すんです」瑞希は目を瞬いた。ゴールは前にあるのに、奇妙なルールだ。哲学か、それとも頓知的な回答が必要なのだろうか? 一休さんに答えを訊かなければならないようなその話に、思わず首を傾げる。「もしかして上ですか?」
「上……は、まあ一応有りですが、敵に詰められるだけで意味もないですし、あんまり見かけないですね。パスを出す方向は、基本は横か後ろです。キックだったら、前に蹴っても大丈夫なんですけどね。要は、ラグビーではボールがいつもチームの最前線にあるということです」
「はぁ……」
「前にパス出しをしたら、スローフォワードの反則です。前にボールを落とすのも駄目。ノックオンです。ボールが蹴られた時に、キッカーより前に味方がいるとオフサイド。それも反則になります」
「たくさんルールがあるんですね」
「厳密に言うと、ラグビーではルールではなく法律(ロー)というんです。これは、罰するための規則ではなく、選手たちが自ら守るべき規律だという精神から来るものです。ラグビーはとても自由で、しかしチームの十五人一人一人が重い責任を担うスポーツなんです」
「へえ」
 ラグビーには一切興味のない瑞希は、熱いヤスシの解説に生返事を返した。そして、父親が全霊を捧げたスポーツをなんとなく斜に構えて眺めた。
 ほぼ初見のラグビーは、瑞希の目にはサッカーとバスケットボールを混ぜたようなスポーツに見えた。天城という期待の一年生が、ボールを持ってどんどん前に走っていく。こういう様は、バスケットボールに近く見えた。まあ、この程度の大まかなラグビーのイメージならば、テレビやなんかで目にしたことくらいはある。
「……今伺ったルールって、どう考えても点が入りにくくするためのものですよね。じゃ、ラグビーって、サッカーみたいにロースコアで勝敗が決まるスポーツなんですか?」
「それが、そうでもない。見ていればわかりますよ」
 ヤスシがそう言った瞬間だった。瑞希は目を見開いて息を呑んだ。助っ人で来てくれているサッカー部の速水が蹴ったボールが清大付属の強烈な体当たりに遭い、央学側のインゴールに向かって弾き飛ばされたのだ。
「え、今のって?」
「チャージです。ディフェンス側は相手のキックに対してプレッシャーをかけにいっていいんですよ。敵が蹴ったボールを体に当てて止めれば、そのままターンオーバーになりやすい。ターンオーバーってのは、攻守交替のことで……、……あ」
 ヤスシが、そこで言葉を止めた。瑞希がグラウンドに目を戻すと、弾き飛ばされて転がったボールを天城圭吾が目を瞠るような速さで追いかけているところだった。そのまま天城はグラウンドの最後に引かれた白線を越えてボールを捕まえ、地面に押しつけた。央学の選手は、ほとんど棒立ちで天城のナイスプレイを見送っていた。
「トライです」
 敵陣インゴール内で地面に着ける(グラウンディング)。それで、トライ五点。トライを決めるとコンバージョンキックの機会が与えられ、キッカーの蹴ったボールがアルファベットのHを描く白いゴールポストの間をうまく通れば、また二点。天城はあっさりとコンバージョンキックを決めた。零対七まで点差が引き離され、瑞希は目を瞬いた。
「これだけで、もう七点差?」時計を確認すると、まだ試合開始から三分しか経っていない。「あっという間ですね」
「でも、要はワントライワンゴールで同点ですから。響きよりも開いてはいませんよ」
「そうですか……」
 ヤスシの解説は、どう考えても下手なフォローにしか思えなかった。両チームの実力差は明白だ。
 しかしすぐにもっと驚くこととなった。
 央学がハーフウェイラインから蹴り出したボールを、清大付属がキックで返した瞬間だった。火薬がパッと爆ぜるような鋭い音が、瑞希たちのいる位置にまで響き渡ったのだ。天城の蹴ったキックをキャッチした龍之介が、思いっきり体当たりをかけられ、どっと倒れた。反則だ。そう思った。けれど、誰も試合を止める様子はない。
「えっ……」つい、瑞希は隣のヤスシを見た。もしかして、救急車の出番か。「だ、大丈夫なんですか、如月君。ていうか、今のって反則でしょ。どうして試合が止まらないんですか」
「今のはタックルですよ。タックルはラグビーでは反則じゃないことは知ってるでしょう?」ヤスシは、こともなげに続けた。「ラグビーは激しいスポーツです」
 タックルで倒れされた龍之介はまるで蟻の捕食を受ける瀕死の芋虫みたいに体をうねらせて、敵味方の選手たちの中に紛れて見えなくなった。まさか、食われたか。一瞬、本気でそう思った。しかし、瑞希のアホな疑問を余所に、いつの間にかボールがどこかに移って、選手たちもそちらを追いかけていってしまう。
「い、今のはなんですか? みんなで寄って集って、倒れた如月君を苛めに行ったように見えたんですけど……。そんなに大きいミスだったんですか」
「あれはラック。大丈夫、味方はちゃんと龍之介を助けに行ったんですよ。味方がタックルを食らったら、敵がすぐにボールを奪いに来ます。タックルで倒されたあとはワンプレイしかできませんから、龍之介が出したボールを味方サポートが確保しに行ったんです」
 そうこう言っている間にも、またボールを持っていた央学の選手がドーンと吹っ飛ばされた。そして、そのままボールが零れ――、瞬く間に二度目の天城圭吾のトライが決まった。

→第四回「本当のきみは」に続く。

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/