虹を蹴る 虹を蹴る

第四回「本当のきみは」

2019.08.30 Fri

「……おおっ、凄え! 瑞希さん、急にどうしたの!? てか、唐揚げとか作れたんだ!?」
「味噌汁と変な煮物だけしか無理なんだと思ってた‼」
 変な、は余計である。そう思ったが、瑞希は勢いで作り上げた唐揚げタワーを見上げた。携帯で調べ上げた、男子高生が好むおかずナンバーワンである。ちょっとだけ頑張ってみようと意気込んでみたら、思いの外張り切ってしまったのだ。
 なんだか、妙な達成感があった。ちなみに、部員たちが帰ってくるジャストタイミングで揚げ上がった。揚げたての唐揚げを味見してみて、瑞希は至福に頬を押さえた。カリカリに揚がった衣に歯を入れた瞬間、じゅっと熱い肉汁が湧き出して、涙が出そうなくらい熱かったけれど、ニンニク醤油の味がよく染み込んだ若鶏の味わいが一気に舌に広がり、とても美味しかった。揚げたては百難隠す。我ながら、今夜の唐揚げの出来栄えはかなり良かった。
「たくさんあるから、好きなだけ食べてね」
 ちなみに、山のような唐揚げを作り出すのに夢中で、ご飯は潔くただの白米、味噌汁の具はワカメのみという体たらくである。でも、瑞希にしては、瑞希ごときにしては、よく頑張った。
「いただきまーす」
 そう声を出すのは一部だけ。ほとんどのラグビー部員は、控えめすぎる態度で無言で食べて無言で去る。おたまを持って味噌汁のお代わりに対応しつつ、とりあえず瑞希はこう切り出してみた。
「……えーと、央学ラグビー部の皆様、今日は試合お疲れ様でした」
 丁寧に頭を下げると、先走ったように誰かがこう訊いてきた。
「えっ? なになに、急に改まっちゃって。……もしかして、ついに瑞希さんも高校生に目覚めたとか!?」
 ぐいぐいとそう身を乗り出してきたお調子者は、以前若い女を紹介しろと言ってきた一年生だ。確か名前は、翔平なんて呼ばれていただろうか。彼が持ってきたお椀に味噌汁を足してやりながら、瑞希は首を振った。
「いやいや、違うってば。そんなんじゃなくて……」
 じゃあ、なんなんだ? 言葉を止めた瑞希に、翔平がこう続けた。
「なーんだ。それじゃさ、瑞希さんじゃなくてもいいから女の子紹介してよ! 瑞希さんじゃなくてもいいからさ」
 二回言うな。唇を窄めて、瑞希はこう言い返した。
「そんなの無理だって、前にも言ったでしょ?」
「そう言わずに、そこをなんとか!」
「うーん。そんなに紹介して欲しいっていうなら、せめてきみたちに女の子を紹介したくなるような売りポイントがないと」
「売りって?」
「だから、それは……」少し迷って、それから瑞希はこう言った。「滅茶苦茶ラグビーが上手い! ……とか?」
 その答えに、寮生たちは一斉にがっかりしたような表情になった。
「えーっ、なにそれ」
「山田監督もとうとういなくなっちゃったし、俺らはとっくにもうそういうノリじゃないって、瑞希さんならわかってくれそうだと思ってたのに。やっぱり、抗いきれない山田監督の熱いラグビー遺伝子が……」
 そんな気持ち悪いもん、受け継いでは――いるか。いや、そういうことではなくて。瑞希はちょっと肩をすくめ、思わせぶりに携帯を取り出してみた。
「へーえ。簡単にそんなこと言っちゃっていいのかな。後悔するかもよ」
 今度こそ、食堂がわっと湧いた。
「……マジすか!」
「つか、当てなんかないって言ってたじゃないですか!」
 逸哉といいこいつらといい、まったくもって舐めすぎである。
「あれは嘘だったのです。ちゃんといい当てがあるんだ、凄い可愛い子。なんたって、雑誌で読者モデルやってたこともあるんだよ」
「えーっ、雑誌のモデル!?」
「そうそう。めちゃくちゃモテて彼氏も途切れないことで有名な子なんだから、感謝してよね」
 適当にそう言いながら、瑞希は携帯を弄った。まあ、こういう時の当てなんか一人しかいない。朝実よ、悪いが利用させてもらおう。この間の婚活パーティーのお返しだ。
「ほら、見て、この子」
 すると、まるでタックルで倒された選手に群がるラックのように、携帯禁止を厳命されているという寮生たちが一気に瑞希のまわりに集まってきた。……いや、瑞希の携帯のまわりに集まってきた。
「うお、マジで超可愛いじゃん! 顔、ちっさ!」
「えっ、ホントにこの子、瑞希さんの知り合いなんですか!?」
「そうだよ」知り合いどころか、親友である。今でも電話一本でツーカーの仲の。「ほら、コレとかコレにも写ってるよ」
 昔の自分が画面に映り込まないように注意しながら、瑞希は、時代がスマートフォンに移り変わっても保存しておいた高校生の頃のお気に入りの写真を次々表示させた。携帯の中の女子高生の朝実は、当時の定番スタイルだった短すぎるスカートとルーズソックスでガッチリ固めている。ついでに言えば、眉毛も細すぎで吊り上がりすぎているし、なんなら髪もブリーチで明るすぎる。だから、見せられるのは顔のアップだけだ。しかし、所詮は世間から隔離された男子高生相手である。女子高生のメイクや髪形の流行り廃りまではわかるまい。
「うわ、やるやる! こんな子紹介してくれんならなんでもやるっすよ、瑞希さん!」
 案の定アッサリ騙された軽いノリの声が、主に一年生の輪の中から返ってきた。しかし、二、三年生たちはどこか一歩引いたように顔を見合わせていた。躊躇するような声が、続いて上がった。
「でもさァ、瑞希さん。さっき言ってた滅茶苦茶ラグビーが上手いって、具体的にはどんくらいのことなの?」
「え? えーっと……」
 瑞希は、ちょっと考え込んだ。逸哉の抜きん出た才能を生かせるレベルというと、どの程度なのだろうか。地元最強くらい? そう思って、瑞希は軽くこう続けた。
「じゃ、花園出場! とかはどう?」
「えーっ!?」
 一気に悲鳴のような声が上がる。瑞希は首を傾げた。
「そんなに難しいの? 花園行くのって」

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/