虹を蹴る 虹を蹴る

第四回「本当のきみは」

2019.08.30 Fri

 寮生たちは、困ったように顔を見合わせた。
「当たり前っすよ。うちの県はラグビー部がある高校が十校もないから、他県よりはだいぶマシですけど。それでも凄え難関には変わりないです」
「うちの県は、毎年決勝で戦う二校は面子が決まってるんです。清大付属と、美祢ヶ丘(みねがおか)高校って。勝つのが清大付属ってのもお決まりだけど。ここ数年の清大付属は、県内でもレベルが違うんです。花園でもイイ線いったりするし。Cチーム相手にも今日のボロ負けっぷりを見たでしょ」
「それに、もう五月に入ってるんですよ。今さら頑張ったって、花園なんて……」
 まったくもって情けない反応である。わざとらしくため息をついて、瑞希は携帯の画面を消した。
「そっか、残念だなあ。じゃ、この子はやっぱり諦めるってことでいいんだよね」
 その瞬間、寮生たちに動揺が走る。
「だってさ、考えてもみてよ。この子読モだよ? 相当レベル高いよ? 全国大会に出場してるくらいの男子じゃないと相手にしないでしょ」
 実際、高校時代の朝実の彼氏は目玉が飛び出るほどのハイスペック揃いだった。……いや、当の朝実は瑞希と同い年で、もうとっくに結婚しているんだけれど。
「ま、待って待って、瑞希さん! わかったから。俺ら、ラグビーちゃんとやるから」
「だから、その子に彼氏できないように見張ってて!」
 若干胸が痛むくらいの寮生たちの焦りぶりに、瑞希はこう答えた。
「それ、ホントかなぁ。嘘だったら、紹介なんて絶対なしだよ」
「いや、ホントホント!」
「ふーん。……よし、わかった。それじゃ、きみたちのこと信じてみることにする。だから……頑張ってね、ラグビー」
 ふいに口を衝いて出たその言葉に、瑞希は自分でも驚いて目を丸くした。この子たちに、頑張ってって? そんなことを、自分は思っていたのか。瑞希は自分自身に苦笑して、それからこう続けた。
「だからさ。……明日は、朝ご飯ちゃんと遅れないで食べに来てよね。メニューはなにがいい?」
 瑞希が訊くと、顔を見合わせていた寮生たちは、そこだけ綺麗に意見を一致させた。
「――じゃあ、とりあえず唐揚げで!」
 ……やっぱり子供である、高校生(こいつ)ら。朝から唐揚げを、それも今夜から連続なのに、ガツガツ食べるというのか。逸哉が帰ってきていないのに気付いてはいたが、とにかく今は部員たちの要望に応えるだけだ。すっかり暗くなった田舎道を走り、瑞希は山のような鶏肉を買いつけに、車で何分もかかるスーパーマーケットへと軽自動車を走らせたのだった。

 ***

 その時、逸哉は一人だった。白虹寮に戻らず、逸哉は央学から離れてブラブラと夜道を歩いていた。その逸哉の背に、声がかかった。
「お疲れ、逸哉。こんなとこでなにしてんの」振り返ると、それは今日助っ人で試合に参加した速水だった。「大活躍した奴が、戻らなくていいのかよ。ま、チームは大敗だったけど」
 逸哉と速水は央学に来る前からの付き合いだった。同じサッカークラブに所属していたことがあったのだ。
「別に。寮に帰ったって、やることもねえし。おまえこそなにやってんの。サッカー部の監督にバレたら、ぶん殴られるんじゃねえの」
 半分は冗談だ。だが、残りの半分は冗談では済まない。それだけの厳しさが、全国常連の運動部にはあった。しかし、その問いには答えずに、感慨深げに速水はこう言った。
「天城の奴、凄えマークだったな。完全におまえ一本狙いって感じ。試合前にちょっと話してたから、友達なのかと思ったよ。おまえら、なんかあったわけ?」
「さあ。知らねえけど、友達なんじゃねえ? たぶん」
 ラグビーというスポーツを馬鹿にでもするかのように、逸哉は口の中で笑いを嚙み殺した。
「ほら……。ラグビーって、よく言うじゃん? 試合が終わればノーサイドってさ。結果が出れば恨みっこなし。勝ちも負けもどうでもいいんだよ」
「ふーん。じゃ、サインでも頼むかなぁ。有名人とお友達のおまえにさ」
「……」
 逸哉は黙った。その逸哉の肩を、速水が軽く叩く。
「結構楽しいよな、ラグビーって。遊びでやる分には充分だよ。痛い思い避けるのだって、コンタクトしないようにスルーしとけばいいだけだもんな」そう言ってから、速水は逸哉の横顔をちらりと見た。「……けどさァ、おまえ、こんなんでいいわけ?」
「……」
 速水の声には、どこか惜しむような悲しさがあった。結局、その問いかけに、――逸哉が応えることはなかった。

→第五回「誰のために頑張るの?」に続く。

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/