虹を蹴る 虹を蹴る

第五回「誰のために頑張るの?」

2019.09.06 Fri

 すぐに、桃工との一回目の練習試合当日が訪れた。
 春の雨は空の彼方に去り、ここ数日は空気がひたすらに乾燥していた。五月に入り、央学を覆う巨大な緑は刻一刻とその勢力を増している。
「今日はよく晴れましたねえ、瑞希さん」
「そうですね」
 ヤスシに頷きながらも、瑞希は気もそぞろになっていた。桃工ラグビー部が気になって仕方ないのだ。
 前評判通り、桃工ラグビー部のスタメンは立派な体格の高校生を揃えていた。その桃工ラグビー部が、こちらへ駆け寄ってくる。強烈な眼光がヤスシと瑞希を襲った。桃工のキャプテンが仲間たちの中から一歩前へ出て、深々と頭を下げた。
「今日は央学さんの胸を借りるつもりで頑張るので、どうぞよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします‼」
 十数人分のドスの利いた声音が、グラウンドに響く。
 直後、頭を上げた桃工キャプテンが歯を見せて微笑んだ。その前歯が欠けている。……これは、ラグビーで折れたのだろうか。それとも、なにか別の理由が? なにやらいわくを想像してしまうほどの強面揃いだった。しかも、野球部でもないのに全員なぜか坊主頭である。桃のエンブレムが入った愛らしいジャージを着ていても、面構えの苛烈さを消すことは一切できていなかった。
 桃工の監督も挨拶に来たが、その形相にはもっと迫力があった。竹刀でも構えて校門に仁王立ちしていそうな教師だ。ちなみに、色眼鏡にパンチパーマ装備である。
 対する央学ラグビー部は、……すでにガッツリと萎縮していた。まるで蛇に睨まれた蛙である。清大付属戦の時より、さらに小さくなった気がする。
 瑞希は、おそるおそる隣のヤスシに訊いた。
「……本当に勝負になるんですか? ヤスシ先生」
「ええ。まあ見ててくださいよ」
 顧問兼監督兼ウォーターボーイを務めるこの男の目は、あくまで爽やかだ。それがますます瑞希を不安にさせた。やがて、試合開始を告げるホイッスルが、ピーッと高らかに鳴り響いた。

 ラグビーのポジションは、一番から十五番までの番号が振られており、フォワードとバックスに分かれる。
 ポジション一番から八番までを担当するのが、フォワードだ。八人全員でガッチリ組んで押し合うスクラムや、タッチラインから出たボールをスローインして受け取るラインアウトなどのセットプレイで、ボールを確保するポジションである。だから、屈強な体格が即武器となる。一方、後半の九番から十五番が務めるバックスというのは、フォワードが確保したボールをパスやランで展開してトライを奪うポジションであり、足が速い選手が多い。
 試合展開を見守りながら、瑞希は言った。
「……わたし、単純に前にいるのがフォワードで後ろにいるのがバックスなんだと思いましたよ。英語だとそうでしょう? ほら、前(フォワード)と後ろ(バックス)だから」
「はは。正直なところ、最初は俺もそう思ってました」ヤスシが笑う。「けど、大まかに言うと、そういうことではあるんですよ。フォワードがスクラムやラインアウトで体を張ってボールの争奪戦をしている間、バックスは後方で控えているわけですから」
「なるほど」
 響きだけのイメージだと、フォワードが攻撃要員でバックスが守備要員に感じるが、どちらかというと役割は逆なようだ。しかし、もちろんフォワードもバックスも攻撃にも守備にも参加する。
「央学のフォワードは、上級生ばかりですよね」
「ええ。実はね、央学は去年卒業した三年が主軸のチームだったんです。だから、新三年生は部員たちを仕切ったりまとめたりするのに、なかなか慣れてくれなくて。要は、ちょっと押し出しが弱くて大人しい子が多いんです」
「えっ、そうなんですか?」
 意外なヤスシの発言に、瑞希は目を丸くした。ヤスシは頷く。
「部長を決める時も一人も手を挙げなくて、参りましたよ。だから、しょうがなく俺が二番(フッカー)を務める啓太を指名したんです。今年の一年生はバックス経験者が多かったから助かりました」
 瑞希の耳に、あの朝の食堂で聞いた上級生たちの会話が蘇る。部長に立候補が出なかったのは、性格ではなく気持ちの問題なのではないだろうか。少し悩んでから、瑞希はバックスに話題を変えた。
「えっと……。バックスの方は、スピードが重要なんですよね。だとすると、央学のバックスは一年生ばかりだからまだ練習量が足りなくて体が細い子が多いってわけでもないんですか?」
「いや、それもあります。でも、最近はあんまりそういうフォワードとバックスの明確な役割分けっていうのもなくなってきてるんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。それにね、他の一年はともかく、逸哉の脚の太さを近くでちゃんと見たことあります? 背が高いからわかりにくいかもしれないけど、逸哉の奴は決して細くはないですよ」
 グラウンドの逸哉は、遠すぎてよくわからない。けれど、瑞希は首を傾げた。
「逸哉君はそうでも……。龍之介君なんかは、やっぱり細いでしょ?」
 いまだに、瑞希の目には龍之介が半分可愛らしい女の子のように見えている。しかし、それにもヤスシは首を振った。
「龍之介は、食が細いのがネックですけどね。でも、あいつには逸哉にない才能がありますよ」
「才能……、ですか?」

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/