虹を蹴る 虹を蹴る

第五回「誰のために頑張るの?」

2019.09.06 Fri

 正直なところ、体格的にも、運動神経やスキルに関しても、ラグビーではなに一つ龍之介が逸哉を上まわっているようなところはないように思えた。人として、ということであれば、この評価は逆転するのだけれど。
 すると、まだ初心者に毛が生えたような経歴の浅い桃工が、パスミスでノックオンを犯した。ボールを前に落とすノックオンは、軽い反則。央学ボールのスクラムから試合再開である。
「あれっ……。桃工、もうミスが出ちゃいましたね」
「初心者は、どうしてもハンドリングが下手です。楕円形のボールはキャッチが難しいですからね。バックスの連携プレイには経験が必要なんですよ。だから、新造チームとなると、フォワードを強化するのがベストということになります」
 では、桃工の戦略は理に適っているということか。グラウンドでは、レフェリーがこれからスクラムを組もうとしている両チームのフォワードに声をかけている。
「央学のラグビー部に、初心者はいないんですか?」
「それは、これからですね。央学はほら、本命は運動部で文化部は兼部でしか所属できない特殊な高校でしょ」
「はい」
「だから、基本は強豪運動部を目指して入ってくる生徒が多いんです。でも、強豪チームは練習もレギュラー争いも過酷ですから」
「あ、わかった。それって、脱落者が出るってことですよね」瑞希は納得して頷いた。「それじゃ、もしかして、うちのラグビー部は流し素麺でいう最後のザル的な存在ってことですか?」
「その言い方はちょっとアレですけど」ヤスシが困ったように笑う。「実際いい面も大きいんですよ。今までの央学には、そういう子たちの受け皿というか、逃げ場になるような運動部がなかった。そうなると、結構追い詰められちゃうんですよ。でも今は、最後はラグビー部があるって気持ちになれるから、他の部でもいい効果が生まれるっていうか」
「へえ」
 瑞希は、今日も来てくれているサッカー部の助っ人コンビを眺めた。しかし、どうやらヤスシの解説は疑わしいようだ。どう見ても、いい効果が生まれている顔には思えなかった。

***

「……空気読めよな、案ずるより産むがヤスシの奴。これから練習試合やりまくるって? 駆り出される俺らの身にもなれよ、馬鹿野郎」
 仏頂面でブツブツ文句を垂れて、サッカー部からまたも派遣された速水は舌打ちをした。一方、寡黙な性質の鈴木はだんまりである。すると、逸哉が、速水に声をかけた。
「まあまあ、そんな怒るなって」
「だってさ、見ろよ、今日の対戦相手。全員坊主だけどさ、よく見るとデコに剃り込み入ってんじゃん。普通に怖えよ」速水がそう言うと、聞こえたのか、対面の桃工生が嘲笑を浮かべた。ますます速水は顔をしかめた。「ガラ悪すぎ。他部の練習試合で壊されたら洒落になんないっつーの」
「しょうがないじゃん、こんな程度の部を率いてる顧問に、おまえは目ェ付けられちゃったんだからさ。たぶんさ、これはヤスシなりの勧誘なんだと思うぜ」
 それは、清大付属戦後の会話をやり返すような口振りだった。速水は、逸哉の言葉に顔をしかめた。逸哉は、その速水の肩を軽く叩いた。
「……俺らにラグビーやれって? ヤスシの奴が?」
 逸哉は少し考えて、空を見上げた。今日の青空には、虹がかかっていない。ちょっとだけ、残念に思う。逸哉は虹が好きなのだ。逸哉は、速水にこう答えた。
「……悪く取んなよな。らじゃなくて、おまえにってことだと思うよ。俺は」
「なんだよ、それ」
「鈴木はなにがあっても辞めないだろ、サッカー」
「……」
「メンバーが足りない弱小も大変だけど、部員数二百人越えの強豪はもっと大変だよなあ。ま、お互い頑張ろうぜ。ほどほどに」
 そう言うと、逸哉はスタンドオフの持ち場であるスクラムの後方へと向かった。

***

「屈め(クラウチ)、摑め(バインド)、当たれ(セット)!」
 何度か注意とやり直しがあったあとで、ようやくスクラムがガッチリと組まれた。
 レフェリーが、『セット』と叫んだ瞬間だった。グラウンドの外にいる瑞希の耳にまで、掛け声に混じってガツッと骨まで鈍く響き渡るような音が届いた。聞いているだけで痛い。しかし、しばし押し合ったあとで、すぐにまた笛が鳴った。
「え、今のって?」
「故意にスクラムを潰す反則(コラプシング)を取られたんです」悔しそうに、ヤスシが眉をひそめる。「……ファーストスクラムでは、完全に央学が押し負けましたね」
「ええっ、そうなんですか? でも……。横幅はともかく、背は央学の子たちの方が大きいのに」
 瑞希は、急いでカツオノートを何冊も捲った。フォワードには、逸哉以上に身長のある者もいる。たとえば、錠を意味するロックという四番五番のポジションを務める、二年生コンビの長谷宮公章(はせみやきみあき)や桐島英二(きりしまえいじ)だ。彼らは、ラインアウトや高く上がったハイパントというキック処理などの空中戦を担当するらしい。こんな大きい子が揃っていても、力勝負で負けてしまうのか。
「やっぱりまだ高校生ですからね。精神的に勝てるかどうかも重要ですよ。……コラプシングを取られたから、桃工のペナルティキックからゲーム再開です」
 その解説通り、スクラムハーフを務める一年生の棗蒼士(なつめそうし)は、ボールを入れるタイミングを摑めないまま桃工にボールを渡した。続く桃工のペナルティキックは、央学陣営の二十二メートルラインにまで一気にボールを運んだ。

→第六回「チーム崩壊の危機」に続く。

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/