虹を蹴る 虹を蹴る

第六回「チーム崩壊の危機」

2019.09.13 Fri

ラインアウトも、当然反則を貰った桃工スローインから始まる。
 すると、ヤスシがふとこう呟いた。
「まずいな……。桃工に、完全に狙われてますね」
「え、なにを?」
 瑞希が首を傾げた、その時だった。桃工スローワーが、グラウンドの両脇(サイド)に伸びるタッチラインからボールを投げ入れた。すると、マイボールを確保した桃工フォワードが、そのままちょっと崩れたスクラムのような形になって、突如として一塊の弾丸のように央学フォワードを押し始めたのだ。
「……え!?」恐ろしい事態が急に始まった。「こ、これってなんですか!?」
「ドライビングモールです。得点確率の高い攻撃ですよ。フォワードが強ければ、当然オフェンスの第一選択肢になります。……やられたな。桃工は央学(ウチ)のことをよく調べてますね。相当このドライビングモールを練習してきてますよ」
 決まった型で組まれるスクラムとは違い、筋肉の鎧で覆われた肩をぐっと入れ込んで押し合うその姿は、まるで一つの大きな波のようだった。桃工エイトが起こす強力な大波からあぶれた選手が次々にまた集団に加わり、肩を入れて自チームを押した。
 集団はゆっくり右に回転し、瑞希はあっという間にボールがどこにあるか目で追えなくなった。しかし、双方スクラムハーフの掛け声は続く。
 だが――、よく見ると、波から弾き出されるのは央学フォワードばかりだった。見る見るうちに、央学ゴールラインが近づいてくる。
 成す術もなく、最後はゴールポスト付近にまで寄せられて桃工のトライが決まった。
「……!」
 フォワード戦で、央学は桃工に完敗を喫した。……いや、完敗だと、桃工の持つ強烈な圧力によって胸に刻みつけられてしまった。

 ハーフタイムは、予想通り大荒れだった。
 最初の一分が、まるで一時間のように長く感じられた。岩のように重い沈黙。誰も彼もが汗だくになって俯いているのを、瑞希は見つめた。
 やがて、重苦しい沈黙を破ったのは、スタンドオフの逸哉だった。
「……なにやってんだよ、あんたら。桃工なんか相手に手古摺っちゃってさ」
 その低い声に、一瞬にして空気が凍りついた。気がつけば、いつの間にか、フォワードとバックスに完全に央学は二分していた。フォワードを担う上級生たちが、イラッとしたように逸哉を睨んだ。
「あ? なんだと?」
 口火を切ったのは、三年生で八番(ナンバーエイト)を務める結城真斗(ゆうきまなと)だった。一人が逆上したら、もう止まらない。真斗を孤立させまいと、次々に仲間(フォワード)たちが逸哉に立ちはだかる。
「なんなんだよ、その口の利き方は。一年のくせにふざけんな」
「もういっぺん言ってみろよ、おまえ」
 しかし、体格のいいフォワードの上級生に詰め寄られ、たった一人の逸哉は、一歩も引けを取らなかった。
「何度でも言ってやるよ。素人ばっかりのにわかラグビー部に、なんでアッサリやられてんの? あんたらだって、中学入る前からラグビーやってきたんだろ。あんたらのラグビーって、こんなもんなのかよ」
「なんだと!?」
「偉そうなこと言いやがって、おまえだって今日はなんもできてねえじゃねえか!」
 しかし、上級生たちの怒声に、逸哉は煽るように――傷つけるように、こう返した。
「は? あんたらがそれを俺らに言うわけ? 清大付属戦でもそうだったけど、スクラムでもラインアウトでもいいようにボール獲られてさ。俺らバックスにどうしろっつーんだよ」
「……っ!」
 ぐうの音も出ないようなその言い方に、鼻息の荒いフォワードの上級生たちは黙らされた。しかし、その時瑞希はあることに気がついた。……鼻息? 汗だく? そうだ。清大付属Cチームとの練習試合では、ハーフタイムどころか、前後半併せて一時間を戦った試合終了後にもこんなものはなかった。
「……あ……」
 瑞希は、目を見開いた。
 違う。今起こっている諍いには、なにか根本的な釦(ボタン)の掛け違えがある。
 瑞希には、ずっと先入観があった。朝早く起きて頑張る健気な一年生。それを腐して水を差すやる気のない上級生。……でも、ラグビーは、そんなに簡単なスポーツじゃない。その程度の気持ちで続けられるような、生易しい競技ではないのだ。
 そうだ――そうだよ。今日のフォワードの上級生たちは、あの日とは違う。本人たちに自覚があるかどうかまではわからないが、彼らなりに真剣に桃工と戦っているのだ。バックスと共に、勝利を摑み取るために。
 フォワードたちもきっと、バックスの一年生たちと同様に、希望を抱いたのだ。Cチームとはいえ、スター選手率いる清大付属に一歩も引けを取らない、逸哉のプレイに。そして、逸哉とともに戦う、自分たちに。もしかしたら、花園に行けるかもしれないって。
 瑞希は、逸哉の背中を見つめた。こんな責め方をしたら駄目だよ。お願い、気がついて。
 バックスたちや、フォワード唯一の一年生であるもぐもぐ君が、おろおろと成り行きを見守っている。しかし、そんな中で、龍之介が逸哉の隣に並んで手を挙げた。
「……待ってくださいよ、先輩。俺も逸哉と同意見ですけど」
 瑞希は、目を見開いた。普段大人しい龍之介の参戦に、上級生だけでなく、一年生たちも驚いて息を呑んだ。龍之介は、まわりの反応に構わずに続けた。
「俺らバックスがいくら努力してタックルにいったって、セットプレイで負け続けちゃ焼け石に水なのは確かでしょ。こいつは、なんも間違ったことは言ってませんよ」
「……」
 その指摘に、誰も彼もが黙り込んだ。
 龍之介は、逸哉とは違う。敵を作るタイプじゃない。誰にでも優しくて努力家で、だから先輩後輩を問わず、部員たちから親しまれていた。その龍之介が逸哉に同意したのだ。上級生たちは、大きな体を寄せ合って黙り込んでしまった。
 そして、逸哉は――龍之介に庇われたはずなのに、まるでさっきよりも孤立を深めたような顔で、眉間に深く皺を寄せて地面を睨んでいた。
 央学ラグビー部は、今、瓦解寸前に見えた。もしかすると、逸哉の中学同様に。
 そこでレフェリーがグラウンドに駆け戻り、後半が始まった。

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/