虹を蹴る 虹を蹴る

第六回「チーム崩壊の危機」

2019.09.13 Fri

 ハーフタイムの雰囲気を引きずったのか、後半戦はますます荒れた。接触が続いて桃工と央学の間に乱暴な小競り合いが起こり、罵声が飛び交う。レフェリーが止めに入り、厳しく注意する場面まであった。
 そのまま、央学はまたも対外試合で惨敗を喫したのだった。

 ***

 得点板を見るのも嫌だった。
 だから、龍之介はぼんやりと空を見上げた。
 洗濯係の龍之介は、逃げるように部員たちの試合用ジャージを集めてグラウンドを去った。すると、帰りがけの桃工一年生とかち合った。
「よぉ。久しぶりじゃん、如月」桃工トレードマークの坊主頭が、笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。「元気そうだな」
「……ああ、佐川か。久しぶり。桃工のバスに乗って帰ったんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどさ。半端な試合だったから体力有り余ってるし、今日は走って帰ることにしたんだよ」
「ああそう」
「それにしても中学ん時から変わんないな、如月は。あ、でもちょっと背は伸びた?」あからさまに嘲るような口調に、龍之介は顔をしかめた。「あはは、んな顔すんなって。また如月たちと練習試合やれて嬉しいんだよ、俺」
 桃工一年生の佐川が、馴れ馴れしく龍之介の肩を叩く。その手をさり気なく避けて、龍之介は低くこう答えた。
「佐川って、まだラグビーやってんだね。辞めるって聞いてたけど」
「辞めるつもりだったんだけど、桃工で顧問に熱烈に勧誘されちゃってさ。あの顧問、見た目からして凄え怖いだろ。逃げられなかったんだよ。榊野と同じ地元でスタンドオフをやってた身としては、ラグビーやってても先がないなと思ってたけど……。案外努力すりゃ勝てるもんだな。いい仲間に恵まれて感謝だよ、今日はありがとな」
 悪びれなく佐川が礼を言う。龍之介は、素っ気なく頷いた。
「おめでと。それじゃ、今日はお疲れ様」
 しかし、去ろうとする龍之介の背を追って、佐川がわざとらしいほどに明るい口調でこう続けた。
「だけどさ、意外だったぜ。如月って、まだ榊野とつるんでんだな。ホントおまえって優しいんだな。中学ん時からお荷物とか金魚の糞とか言われて、大変だろ。いい加減、一緒にいるのやめりゃいいのに。ハーフタイムも央学はやばいことになってたよな。練習試合してる身として、可哀想で見てられなかったぜ。如月も、ああいう空気読めない奴を庇わされちゃって、正直迷惑だよな」
「……別に。そろそろいい? 俺、洗濯あるから」
「待てよ、これまで俺さ!」佐川は強く続けた。「お荷物抱えてんのに自分一人の力で天城圭吾率いる清大付属中学に勝っちまうんだから、榊野ってマジで天才なんだと思ってたよ。でも、今日試合してみて、榊野も俺らと同じ普通の高校生ってわかってよかったな。まあ、榊野だって人間だもんな。嬉しいよ、ホント。来週の練習試合も楽しみにしてるからさ」
 もう龍之介は答えなかった。小走りに佐川の前を去ろうとすると、その前に――向かいに立つ臨時寮母と目があった。瑞希だ。
「……あ」

 ***

「……格好悪いところ、見られちゃいましたね」
 一緒に洗濯物を運びながら、龍之介は瑞希にそう言った。洗濯を手伝おうと思って担当を訊くと、龍之介だった。だから、瑞希は龍之介を追いかけてきたのだ。
「さっきの子って、知り合い?」
「中学が近かったから、よく練習試合をしてたんです。あんなに話す奴だとは知らなかったけど」
「そっか……」
 ずいぶん屈折した感情を龍之介と逸哉に持っているようだったが、それだけ中学時代の彼らが強かったということなのだろうか。なんと言おうか迷って、瑞希はこう呟いた。
「龍之介君たちが監督なしで勝ったチームって、……清大付属のことだったんだね」
「中学ですけどね。清大付属が一番強いのは高校ですから」
 龍之介はそう訂正した。けれど、瑞希には、清大付属の一年生エースですでに対外的にも注目されている天城圭吾が、どうして央学戦にCチームのメンバーとして出てきたのかがわかった気がした。きっと、天城は逸哉たちに負けた雪辱を果たそうと考えたのだ。形は違うかもしれないが、さっきの桃工一年生と同じく。
「……逸哉が中学の時監督と揉めたのって、俺のためだったんです」
 瑞希の疑問に答えるように、龍之介がそう口火を切った。龍之介は、白虹寮に続く下り坂を眺めている。龍之介と瑞希の影法師が、少しずつ伸びていった。
「俺ね、中学時代はずっと控えだったし、監督ともあんまり話したことがなかったから、全然知らなかったんですけど。……あいつは、何度も俺を試合に出せって直談判してたみたいで。監督は、メンバーにまで口を出す逸哉を傲慢だって怒って、ああいうことになったんです」
 それは、二人が友達だからだろうか。しかし、瑞希は、逸哉や龍之介を素直に味方する心境にはなれなかった。逸哉の気持ちはわかる。だが、そんなことでメンバー変更していたら切りがないし、……試合に勝つことができない。中学の時の監督の判断は、たぶん間違いではないのではないか。
「でもさ、あいつのおかげで中学三年間で初めて試合に出られたってのに、逸哉のキックパスを取れなかったんですよね、俺。試合には勝てたけど、……今でもずっと忘れられません」
「……だから、龍之介君はラグビーを続けてるの?」
 少し黙ったあとで、龍之介は肩をすくめた。
「……他には、逸哉のことでなんか訊きたいことあります?」
「え? どういうこと?」
 瑞希は目を瞬いて龍之介を見た。龍之介は苦笑し、首を振った。
「だって、ホントに気にしてんのは、俺じゃなくて逸哉のことでしょ。誰だって思いますよ、逸哉は天才だって。このまま埋もれるのは、あまりにもったいない。瑞希さんとかヤスシがなんとかできるんだったら、してやって欲しいですよ。俺みたいなのがいくら言っても無駄だから」
「わたしは……、龍之介君のことも逸哉君と同じように応援してるよ。ヤスシ先生だって」
「無理して俺に気を遣わないでくださいよ。そんな子供じゃないっすから、ホント。自分がどの程度の選手かってことくらい、自分でよくわかってます」
 達観したようなその台詞。ちょうどその時、白虹寮に戻る上級生の誰かが一人、小走りに瑞希たちを追い越した。
「あ……。ちょっと、俺、行きます」
 瑞希の手から洗濯籠を引っ手繰って、龍之介はその上級生の背を追いかけた。

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INFORMATION:

小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/