虹を蹴る 虹を蹴る

第八回「どこまでもきみを追いかける」

2019.09.27 Fri

済し崩しに逸哉に説得された話し合いが終わると、バックスは練習に入った。ふと見ると、逸哉は龍之介と二人でなにか繰り返し練習している。あれは、瑞希の目には張り手もしくは平手打ちにしか見えないハンドオフの練習だ。
 そして、一時間ほど経った頃、ふいにヤスシが現れた。どういう魔法を使ったのか、その背後には本当に速水がいた。早朝にもかかわらず、すでにバックス全員がグラウンドに揃っているのを見ると、喜び勇んでヤスシは速水と一緒に部員たちの中に飛び込んでいった。
「なんだおまえら、バックスだけで秘密特訓か!? そうならそうと誘えよな、水臭いぞ!」

 スポーツドリンクでも作って差し入れようと、瑞希は一度白虹寮に戻った。
 そこで、目を瞬いた。食堂から話し声がするのだ。顔を覗かせてみると、そこには――フォワードの面々が集まっていた。もぐもぐ君もいる。みんな、瑞希が餌付けに仕込んだおにぎりを食べながら、真剣な顔で話し合っていた。
「やっぱスクラムだよなぁ、厄介なのは。次も同じ審判が来るんだろ? 昨日あれだけコラプシング取られると、来週も絶対不利だよな」
 ブツブツそう言っているのは、最前線(フロントロー)の真ん中を担う部長の啓太だ。その啓太に、八番(ナンバーエイト)の真斗が言う。
「でもしょうがねえじゃん、花園予選でも同じ審判来たらやべえぜ。今のうちに印象ひっくり返しておかないと」
 花園。奇しくも、逸哉が今グラウンドで口にした言葉が、フォワードからも出た。
「とにかくさ、敵ボールスクラムの時はひたすら耐えるしかないよな。桃工より十センチは低く入って、なんとしても踏ん張ろう」
「じゃあ、マイボールの時はどうする?」
 その会話に、瑞希は急いで部屋にカツオノートを取りに戻った。確かどこかに、スクラムについての指南があったはず。――あった。それは啓太のカツオノートだった。
 瑞希が戻ると、食堂では、カツオノートとまったく同じ作戦が組み立てられていた。真斗が、腕組みしながらこう言う。
「だから、マイボールスクラム貰ったら、ダイレクトフッキングで即ボール出しすればいいんじゃねえ? でさ、スクラムハーフの蒼士か、スクラム最後尾担当のナンバーエイトの俺がそのボールを活かすと」
「頼むぜ、啓太。あとで蒼士呼んでみっちり練習しようぜ」
 ダイレクトフッキングとは、マイボールスクラムを可能な限り速く終わらせて敵の隙を衝くプレイのことだ。スクラムハーフが投入したボールを足で受け取るフッカーが、踵の一蹴りで即座にスクラム最後尾までボールを送る。カツオノートでは、フッカーの啓太が練習すべき最重要課題になっていた。
「簡単に言ってくれるよな、ホント」
 フォワードの中では小柄な啓太は、自信がなさそうだ。
「でも、昔は監督に言われて死ぬほど練習してたじゃん」
「そうだけどさ」啓太が、ちらりともぐもぐ君を見て、それから奥歯に物が詰まったような言い方をした。「……あの頃は監督も張り切って指導してくれてたし、花園がもっと近いと思ってたから」
 すると、ずっと黙っていた薫が口を開いた。
「えっと……。兄ちゃんは、きっと帰ってきます」一斉に薫に注目が集まる。薫は、おにぎりを置いて頷いた。「だから、桃工なんかに負けてる場合じゃないっす。来週は勝ちましょう、絶対」
 その一言で、方針は完璧に固まった。フォワードの面々は、立ち上がってグラウンドへ走った。もう誰一人として、遅れを取る者はいなかった。

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INFORMATION:

『虹を蹴る』の物語はまだまだ続きますが、楕円球LOVE!上での連載はこの回で終了です。
小説『虹を蹴る』全編は、集英社オレンジ文庫にてお読みいただけます。

『虹を蹴る』 (集英社オレンジ文庫)
せひらあやみ著  花恵ヨシ装画
http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086802740

冒頭試しよみ漫画はこちらhttps://r.binb.jp/epm/e1_122670_18092019121422/