おっさんずラグ~大切なことはみんなラグビーが教えてくれた。 おっさんずラグ~大切なことはみんなラグビーが教えてくれた。

高田 晋作 Shinsaku TAKADA
(三菱地所 ビル営業部 兼 ラグビーワールドカップ2019プロジェクト推進室)

創部100周年に大学日本一に輝いた慶應ラグビー部。
伝説のキャプテンは長身のイケメン!

2019.06.24 Mon

現在各界のキーパーソンとなっている「楕円球LOVE!」な元青年たちに焦点を当てる「おっさんずラグ」。第2回は、慶應義塾大学ラグビー部出身の高田晋作さん。創部100周年の 1999年に主将を務め、大学日本一も経験。“持ってる”男は今、デベロッパーとしてワールドカップを盛り上げる!

───創部100周年に大学選手権優勝で、そのときのキャプテン。持ってますね!

高田 いえいえ。僕が大学に入ったばかりの頃は早稲田や明治が強くて、試合のときにファンがワーッと選手にかけよっていく姿を見て「うらやましいな」と内心思っていたんですが…。

───甘いマスクで191cmの長身! 優勝したときは女性ファンに騒がれたでしょうね。

高田 それが優勝したときはいっぱいいっぱいで、そんな状況をまったく楽しめませんでした(笑)。

───ラグビーを始めたのはいつですか?

高田 國學院久我山の中学時代からです。子どもの頃は野球をやっていたんですが、父がラグビーファンで。小学4年生くらいから秩父宮ラグビー場や国立競技場に連れていかれて、のめり込みましたね。

───大学ラグビーが盛り上がっていた時代ですよね。

高田 競技場が満員で熱気に溢れていて。早慶戦や早明戦のような人気のある試合は往復はがきで応募する抽選制でした。ラグビーは見ていて本当に面白かったので、それまでやったこともないのに「中学ではラグビーをやりたい!」と思っていました。

───ラグビー部がある中学は少ないですよね?

高田 当時は全国大会もなかったですからね。國學院久我山は、高校は強豪でしたが、中学はそれほどでもなくて、僕が入った頃に強化が始まったんです。高校のコーチが監督として指導してくれるようになり、中学2年生のとき東日本大会で準優勝。一気にレベルが上がりました。

───やはり指導者で変わるものですか?

高田 変わりますね。今みたいに情報がない時代でしたから「こうやれば勝てる! いいプレーができる!」と、コーチのサジェスチョンが入ると全然違いました。

191cmの長身と人懐こい笑顔がトレードマーク。

───どんどん巧くなって、勝てるようになったら楽しいですよね! それでそのまま高校でもラグビーを?

高田 高校は強豪だからスパルタで、そんなキツい世界に足を踏み入れる気は全然なかったんですが(笑)、中学時代にお世話になったコーチが「フォワードなら高校でもいけるんじゃない?」と言うんで、ついその気になって。

───中学時代に身長が20cm以上伸びたんですよね?

高田 はい。中学時代は少しだけ足も速かったのでボールを持って走るウイングでした。背は伸びるけどヒョローッと痩せていて…身長185cmで体重は70kgなかったのでタックルされるとすぐ倒れ、監督が「ゴジラに倒される東京タワーみたいだな」って(笑)。それでロックにポジションを変えて…耐え抜きました。今となってみれば、その転向がいろんなきっかけでしたね。ポジション毎に、体格や技術など、ありとあらゆる個人の特性を生かせるラグビーというスポーツの多様性があったからこそだと思ってます。

───慶應大学に進んだ理由は?

高田 ちょうど進路を決めなければいけない高校3年生のときに慶應ラグビー部の上田昭男監督(当時)に誘っていただいて。慶應はスポーツ推薦がなかったので、相当なチャレンジでしたがAO受験で合格して、巡り合わせや縁を感じました。

───慶應ラグビーのどんなところに魅力を感じたのですか?

高田 スポーツ推薦がないながら、早明とともに大学ラグビー界の一角を担っていて、とにかくタックルで勝つ。その姿が刺さりました。だから大学に入ってからはひたすらタックルの練習。3時間ぶっ続けでタックルの練習をして、「何種類やるんだ?」って(笑)。

───慶應のタックルは「魂のタックル」と言われているんですよね?

高田 なかなか勝てない時代、監督に「このままだと100点ゲームだ!」とハッパをかけられて、「じゃあタックルだ!」と一点突破型です(笑)。「魂のタックル」は、力の差がある強い相手に対しても、とことん食らいついて戦ってきた、ラグビーのルーツ校としての慶應の「意地」の象徴だと思います。

優勝した際にはスポーツ誌でも大々的に特集が組まれ、高田さんが表紙を飾った。寛仁親王妃信子様から優勝杯を授与された記念写真も。

───創部100周年で優勝してキャプテンで…社会人ラグビーのチームからの誘いも多かったと思いますが。

高田 もともとラグビーは大学までと決めていました。チームスポーツで育ってきたので、何かチームでつくりあげられる仕事がしたいと思っていました。父親がマスコミ系だったこともあり、ドキュメンタリーをつくりたくてNHKに入社しました。

───ラグビーで学んだことは仕事でも活かせていますか?

高田 ラグビーは究極のチームスポーツだと思うんです。それぞれに明確な役割があって、自分の仕事をまっとうしないとチーム力が落ちてしまう。100%以上の力を出し切って、いいボールを出し続けることで、強い信頼関係を築くことができる。その上で、足りないところはお互いに補完しあって、チーム力を上げる。仕事もチームプレーが多いので、ラグビーと同じだなと思って取り組んでいます。

───その後、三菱地所に転職して、今はラグビーワールドカップ2019日本大会™にかかわっている。

高田 街づくりの仕事は人の流れがリアルに見えるところに惹かれました。オフィスでも住居でも、丸の内の再開発のような街全体を活性化していく事業でも、自分たちがつくった場で、実際に人が活躍したり楽しんだりする姿が見えます。日本でラグビーのワールドカップが開催されると決まったとき、デベロッパーとして「ワールドカップと街づくりの親和性はある!」と感じ、何かやるべきだと思いました。自分にとっても一生に一度の機会ですから、仲間といろいろ話し合いを重ねて会社に提案したところ上司も賛同してくれて。社長からもGOサインをいただきました。

丸の内にある三菱地所オフィスのオープンスペース。最新のフリーアドレススタイルで仕事をこなす。

───持ってますね(笑)!

高田 去年から丸の内とラグビーを結びつけた「丸の内15丁目PROJECT」というプロジェクトを立ち上げています。特設サイトをオープンして、実際に丸の内でイベントも行っています。いろんな人がラグビーに興味を持つ入り口になってくれたらと思いますし、「ラグビー」「スポーツ」という強力なコンテンツを街と掛け合わせて、丸の内エリアの活性化に繋げていきたいと思っています。

───にわかファンを増やしていきたいと。

高田 スポーツ界では(オリンピック、サッカーのFIFAワールドカップとともに)世界3大大会と言われる大きなイベントです。世界のスーパープレーヤーが、世界中の観客を引き連れて日本にやってくる。僕もまだ生で見たことがないラグビーワールドカップが日本で見られるんです! こんな貴重な機会をスルーするなんてもったいない。ある意味、にわかで楽しむのがいちばんかもしれません。

───先入観なく楽しめますもんね。にわかファンにメッセージをお願いします!

高田 経験者でもラグビーを全部わかっている人なんてごくわずかだし、応援だって静かに見ている必要はなくて、自由でいいんです。世界を見渡せばラッパを吹き鳴らす人もいるらしいですし、お酒を飲みながら観戦する人も…ワールドカップではそんな世界の応援も体感できる。そういう貴重な体験をすると人生が豊かになりますよね! このめったにない機会に片足でも踏み入れて、みんなのモノにしてもらえたら最高です。

PROFILE:高田 晋作 1978年1月27日生まれ。東京都出身。國學院大学久我山中学高等学校から慶應義塾大学に進学。WTB(ウイング)からLO(ロック)にポジションを変え、大学時代は「魂のタックル」で創部100周年に主将としてチームの大学選手権優勝に貢献。卒業後はNHKを経て、2005年に三菱地所に転職。現在はビル営業部とラグビーワールドカップ2019プロジェクト推進室の統括を兼務。ラグビーの様々な魅力を丸の内から発信する「丸の内15丁目PROJECT」などを通して、日本大会を盛り上げる。 Interview & Text:Hisami Kotakemori  Photos:Yuumi Hosoya