おっさんずラグ~大切なことはみんなラグビーが教えてくれた。 おっさんずラグ~大切なことはみんなラグビーが教えてくれた。

勝田 幸宏 Yukihiro KATSUTA
(ファーストリテイリング 執行役員 ユニクロ R&D 統括責任者)

ハイブランドとのコラボを次々成功させる
ユニクロのキーマンは失敗から学んだ!

2019.07.22 Mon

【おっさんずラグ】第6回はクリストフ・ルメールなどラグジュアリーブランドとのコラボレーションを仕掛けたユニクロのキーマン、勝田幸宏さん。「失敗から学んだ」元ラガーマンが、有明プロジェクトの音頭を取り、ユニクロを世界第3位のアパレルに押し上げた!

───勝田さんは青山学院でラグビーを始めましたが、コアラーズ(初等部ラグビーの愛称。日本で一番古い少年ラグビーチーム)ではなかったのですね。

勝田 ええ。僕は今でもラグビーをやろうと思った日をはっきりと覚えています。その日は大雨で、当時僕は中等部のテニス部でした。部活が休みになったので、放課後学校でぐだぐだしていると、高等部のラグビー部のお兄さんたちが、大雨の中で練習をしていた。

───青学は中等部と高等部がグランドを共有しているんですよね。

勝田 ドロドロになって練習している彼らの姿を見て「コレだ!」と。野球もアウトになってもヘッドスライディングすべきという派で、もともと泥まみれになるのが好きな性分だったんでしょうね(笑)。高等部からラグビー部に入りました。

――スタートは早くはなかった。

勝田 同級生は初等部、中等部からやっているので、自分ではかなりのチャレンジでした。そんな中でいい経験をして、3年生のときはめでたく試合にも出してもらったのですが、大学は国際政治経済学部に進むことになって…。

N.Y.と東京を拠点に、世界を飛び回る勝田さん。パワフルでポジティブ!

───当時の先端を行った、青学でも偏差値最高の新設学部。

勝田 僕はその一期生です。非常に難しい学部だと言われていて、先生からも「ラグビーなんてやっているヒマはないぞ」と釘を刺され、「そんなにキツいんですか?」と。体育会のラグビー部に入部するのは断念して、理工学部の準体育会ラグビー部で続けました。

───でも、最終的には社会人チームでプレイしました。

勝田 大学の卒業を控えたとき、大学生活は充実していましたが、ラグビーに関してはなんとなくスカッとしない、後味が悪い。もう一回、ラグビーを真剣にやりたいと思ったんです。もちろん、働きながらという条件で。

───それで伊勢丹に?

勝田 中学時代から洋服が好きだったので、洋服を扱う会社でラグビー部があるところを探して、伊勢丹に決めました。

───当時の伊勢丹は勢いがありました。

勝田 2部リーグだった伊勢丹が日本一を目指した時代で、僕らの前には高校時代、テレビに出ていたような強豪校の選手も取っていて「本気なんだ」と思いました。結果、2部から1部、トップリーグへと上がって、日本で初めて伊勢丹がニュージーランドの選手を入れました。それも元オールブラックス。

───話題になりましたね。

勝田 久米宏さんの『ニュースステーション』で密着取材を受けたりしていました。僕も彼らの練習方法をノートに取りまくって、青学の合宿に行ったとき「これが誰も知らないオールブラックスの練習方法だ!」なんてドヤ顔で教えてやろうと内心思っていましたが、信じられないくらい基本のことしかやらない。

ISETAN RUGBY FOOTBALL TEAMの頭文字、IRFTが胸に入った伊勢丹時代のジャージ。

───基本というとパス練習ですか?

勝田 ボールを走りながらキャッチする。そして投げる。そればかりです。普通は走りながらパスをしたりキャッチしたりすると、人って斜めに走ってしまうんです。オールブラックスはまっすぐ走って、まっすぐ投げる。これを100%の精度でやる。敵が99%だったらその1%に勝機を見出す。

───100%まで精度を上げるのは大変です。

勝田 基本練習ってつまらないから、もちろん彼らはそれを面白おかしくやるわけです。毎回楽しかったけれど、練習後はものすごく疲労していました。ユニクロの柳井が大事にしていることも、社内では原理原則という言葉を使っていますが商売の基本で、それは50年前も今も変わらない。そこが99%ではだめなんだというのを14年前、入社したときに聞いて「ラグビーと同じなんだな」と思ったことがあります。

───社会人時代に思い出に残っている試合はありますか?

勝田 当時は早稲田出身の石塚武生さんが監督で、吉田義人君のようなスター選手も多くて僕の出番はなかったんですが、あるとき一軍の調子が悪くて。たまたま僕の調子がよかったので、キャプテンから「勝田、明日上がるぞ!」と言われ「はい!」というよりどちらかというと「まじですか?」という感じで試合に出たんですが…結果は惨憺たるもので。

───それは残念でしたね。

勝田 監督もキャプテンも何も言わなかったけれど、僕は自分のふがいなさに気づいた。なんとなく万年二軍が当たり前になって日々の練習をこなしていたり、「なんでアイツが」みたいな他人と自分の比較ばかりをしていたと思います。でも本当は毎日、いつ来るかわからないチャンスに向けて、準備することこそが大事なんだと身に沁みてわかった。

───それは仕事でも同じですよね。

勝田 その試合はグランドのシーンから全部思い出します。それまでグジグジしていたのがなんて無駄だったか痛感したから、チャンスがきたときちゃんと拾えて100%生かせるように準備しようと。それが自分の成長につながりました。

───他人と比較するのでなく敵は自分だと。

ユニクロ有明本部内のライブラリーで。蔵書のバリエーションはもちろん、落ち着く空間づくりも勝田さんのこだわりポイント。

勝田 ベクトルを自分に向けたとき「やった!」と自信を持って言えるかですよね。世界で仕事をしていると、上には上がいるといつも気づかされます。今僕がタッグを組んでいる世界のコレクションで活躍するデザイナーたちは、ラグビーでいうオールブラックスのような存在です。社員の育成の場面でもいろいろな話を、ラグビーの実体験に置き換えると具体的で伝わりやすい気がしています。

───ラグビーワールドカップ2019日本大会™はやはり楽しみですか?

勝田 もちろん! 日本の試合は全部見たい!

───注目している選手は?

勝田 ウィングの福岡堅樹選手は筑波大学時代からいいなと思って見ていた選手です。ボールを持ったら何かしてくれそうなワクワク感がある。ユニクロも何か仕掛けて、みんながワクワクしてくれるようなブランドでありたいと思っていますが、ラグビーも同じですね。

───ジャパンの勝機はどのように見ていますか?

勝田 フタを開けてみないとわかりませんが、前回大会で、日本が南アフリカに勝ったのは僕は偶然ではなく、必然だと思いました。それだけエディ・ジョーンズがものすごい準備をしていたということだと。今のジェイミー・ジョセフがどれだけ準備していいるか? それが敵に勝るか否かで、勝敗は変わると思います。

PROFILE:勝田 幸宏 1964年3月3日生まれ。東京都出身。青山学院高等部からラグビーを始める。青山学院大学国際政治経済学部卒業後、伊勢丹に入社し、社会人チームでプレイ。1992年に現役を引退し、バーニーズ・ニューヨーク本社へ出向。その後、ポロ・ラルフ・ローレン ニューヨーク本社シニアバイヤー、バーグドルフ・グッドマン取締役統括部長を経て2005年にファーストリテイリングに入社。現職に加え、2017年から有明総務・ES推進も兼務。 Interview & Text:Hisami Kotakemori  Photos:Haruka Saito