おっさんずラグ~大切なことはみんなラグビーが教えてくれた。 おっさんずラグ~大切なことはみんなラグビーが教えてくれた。

森内 勇策 Yusaku MORIUCHI
(電通 新聞局 日本開発室 エリアソリューション部長)

中高大学とキャプテンを務めた覇気あるリーダーが
ワールドカップのにわかアンバサダーに!?

2019.07.01 Mon

「おっさんずラグ」第3回は前回登場の高田晋作さんの先輩、森内勇策さん。慶應時代は中学、高校、大学とキャプテンを務め、現在は電通で新聞社とワールドカップの開催各都市をつなげ、地方の盛り上がりを後押し!

───前回「おっさんずラグ」にご登場いただいた高田さんは、森内さんが4年生のときの1年生。そして今またラグビーワールドカップ2019日本大会™のために共に働いているという…。

森内 ラグビーは仕事にしたくなかったんですが…(苦)。まさかラグビー部のOBといっしょに仕事をするとは思ってもいませんでした。ほかにもたくさんのOBと関わっています。

───青春カムバックですね!

森内 日本でラグビーワールドカップが開催されるなんて、まだ夢みたいです! しかも今年は日本ラグビーのルーツ校でもある慶應ラグビー部の創部120周年にあたる年なんです。

───すごい巡り合わせですね。

森内 そうなんですよ。つまりは日本でラグビーが始まった120年目の年にラグビーワールドカップが日本で開催されるという…。仕事でワールドカップに関わるようになったのも、慶應でラグビーをやってきた者として、日本のラグビーに対する恩返しをしたいという気持ちがあるからで、仲間もみんなそうですが、どこか普段の仕事とは違う、想いというか気持ちを込めて取り組んでいます。

───前回大会で南アフリカに勝って、日本での開催を心待ちにするにわかファンも増えました。

森内 南アフリカに勝ったのは本当にものすごいことで、あの勝利でいろんなことが変わりました。それまで日本代表がイングランド代表と彼らのホームであるトゥイッケナム・スタジアムでテストマッチをできるなんて全く考えられなかったのに、去年の秋に実現しましたよね? しかも8万人もの人が集まってくれた。

───トゥイッケナム・スタジアムといえばラグビーの聖地。

森内 その前にもニュージーランド代表が日本に来てテストマッチをしてくれた…。

───オールブラックスはラグビーの世界ランキング不動の1位ですからね。

森内 昔じゃ考えられませんでした! 日本はまだそのレベルじゃないと。ラグビー後進国だと思われていましたから。

今も強烈に心に残る1996年11月23日の早慶戦。満身創痍のノーサイド。右から2人目が、キャプテンでプロップだった森内さん。

───そんなに変わったんですね! 森内さんがラグビーを始めたきっかけは?

森内 当時の(慶應)幼稚舎は小学5年生から部活動が始まるんですが、サッカー部はなくてラグビー部はあるんです。

───小学校から! さすがラグビー発祥校!

森内 当時僕は柔道をやっていて、ラグビー部の練習の日が柔道の稽古と被っていたのでソフトボール部に入ったんですが、6年生のときに体育の先生にすすめられて。

───素質があったんですね、きっと。

森内 当時12歳上の先輩方が日本一になったんで、そこへの憧れもあって始めました。

───でも大学まで続けたということは、面白かったからですよね?

森内 慶應のラグビーは体が小さくて才能のないヤツが練習を重ねて勝つ、というのが基本的な考え方です。個人技の柔道をやっていたので、自分ひとりではどうにもならないことでもみんなとやるとできるし、勝てる。それが楽しかった。

───究極のチームスポーツと言われていますから。

森内 チームスポーツでもいろんなポイントがあって。例えばスクラム組んで、仮にそこで負けたとしても最終的には総合力で、1点差で勝つ、みたいなのがラグビーの醍醐味です。

───慶應といえばタックル!

森内 タックルは嘘をつかないから(笑)。いくら練習してもすぐに足が早くなったり、パスが巧くなることはないんですよ。でもディフェンス、タックルは怖さを忘れて行けばどうにかなるんです(笑)。

───思い出に残っている試合はありますか?

森内 大学2年と4年の早慶戦ですね。初めて出た大学2年のときは80-10、過去最大の得失点差で負けたんです。何万人もいる前で70点差で負けるというのは屈辱でした。でも大学4年のときに17-18と1点差で勝った。僕にとってはどん底に突き落とされた試合も、ものすごくうれしい試合も、経験させてくれたのは早稲田大学でした。

勝利した早慶戦のスコアボードを写した当時の写真。1点が重い激闘だった。

───大差で負けたあと、何か変わりましたか?

森内 日本一のときの監督だった上田昭夫さんが2回目の監督に就任していて、いろんなことを変えました。「人は見た目が変わらないと変わらない!」と学ランをブレザーに変えたり、オーストラリアで合宿をしたり。それまで海外遠征はあっても外国人のコーチからラグビーを教えてもらうなんてなかったですから。いい経験をさせてもらいました。そして勝ってみると、今まで見えてなかったものが見えてくる。

───例えばどんなことが?

森内 負けると内にふさぎ込んで下を向いて帰るわけですが、勝った後はいろんな人に声をかけられる。秩父宮ラグビー場から表参道までの間に「今日はよかったね!」「おめでとう!」と知らない人からたくさん(笑)。

───もうみんな親戚のおじさん状態(笑)。

森内 自分たちが見えてなかっただけで、こんなにいろんな人が応援してくれていたんだ。負けていたときには彼らにも悔しい思いをさせていたんだなって…。

キャプテンシーのある森内さん。ラグビーの話になると熱い!

───ラグビーと仕事はチームプレイということで似ている部分が多いと思いますが、いいチームをつくる秘訣はなんですか?

森内 コミュニケーションをよくとることですね。プロ意識のあるメンバーが集まっていることが前提ではありますが。

───ラグビーではキャプテンがレフリーと話し合いをしたり、キャプテンの存在が重いスポーツですよね。試合中、キャプテンはどんなことをするんですか?

森内 ラグビーは判断のスポーツなんで、事前にこういう試合をしようと作戦を練っても実際やってみて違っていたら、キャプテンやリーダーがみんなから情報を集めて軌道修正をしていきます。僕たちの時代と違って、今はボールが回るラグビーになっているから、一般の人も見ていて面白いと思いますよ。

───経験者といっしょに見に行くといろいろ解説してもらえてより楽しめますよね。

森内 昔はラグビーはわかっている人が見ればよしという風潮がありましたが、ワールドカップをきっかけに、いろいろな人に楽しんでほしいと思います。そのためにも僕たちのような経験者がアンバサダーになってスタジアムにもっと人を連れて行かないといけませんよね。

───一時はオッサンしか見てない感がありましたが、今は女性ファンも増えました。

森内 ルールのことは気にせず、ボールを持って走ったり、つないでいく姿を純粋に見ればいい。あとは人と人がぶつかる音! 意外といい男も多いから(笑)、ワーワーキャーキャーいいながら楽しんでください!

PROFILE:森内 勇策 1974年4月13日生まれ。東京都出身。幼稚舎から慶應に在籍。幼稚舎時代からラグビーを始め、中学、高校、大学ではキャプテンを務めた。卒業後は電通に入社し、2017年から現職。慶應ラグビー部創立120周年と重なって開催されるラグビーワールドカップ2019日本大会™に熱い思いを持って携わる。 Interview & Text:Hisami Kotakemori   Photos:Haruka Saito